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泉質主義に原点回帰する草津で
湯守が守る最古の源泉を堪能する

草津温泉 奈良屋(群馬県)

文=松尾裕美 写真=宮地工

江戸の昔よりずっと前から全国各地の湯治客を集め、名湯として名高い草津温泉が平成20年代から変身中。温泉を最大限に活かす各宿のもてなしはそのままに、散策が楽しい湯の町に再生しました。令和の秋、草津を訪ねてみましょう。

変わりつつある草津で
長い時を刻む老舗に泊まる
あれえ、なんか違う? かなり久々に来た湯畑でぼんやり当惑する。湯畑前のいつもの駐車場に車を停めようとしてハッとした。便利だけどごちゃごちゃした駐車場がなくなり、そこに風情ある木造りの共同湯や広場が生まれている。あ、電柱もない! 足が遠のいていた十数年のうちに湯畑周辺はデトックスしてすっきりし、降り積もった余剰をそぎ落としたせいか、草津の魅力の根源だった「湯」そのものの存在感が迫ってくる。町のど真ん中でもうもうと湯煙を上げる湯畑は、昔以上の温泉力を放っている。今夜の宿は湯畑にほど近い奈良屋だ。せがい出し梁造りの老舗宿が軒を連ねる西の河原〈さいのかわら〉通りで、家紋入りの提灯と湯宿と染め抜いた暖簾、清々しく打ち水した玄関が出迎えてくれた。

明治10年(1877)の創業で150年近い歴史をもつ老舗だが、かつて宿泊した際に「それでもうちは草津としてはそんなに古いものではないんですよ」という笑顔の女将のことばに驚いたことを思い出す。庶民の旅が大流行した江戸時代に作られた『諸国温泉功能鑑〈しょこくおんせんこうのうかがみ〉』では東の大関(現在の横綱)の常連。それを聞きつけた多くの湯治客で賑わった江戸時代から続く宿もあるこの地の歴史をひしひしと感じたひとことだった。草津節になぞらえていうなら、奈良屋の〝よいとこ〞その一は、時の厚みだと思う。

泉質主義の草津らしい
専属湯守の活躍
かつて奈良屋で感じたもうひとつの驚きは、専属の湯守の存在だ。奈良屋の湯は、源頼朝が入湯したと伝わることから白旗〈しらはた〉源泉と呼ばれる草津最古の湯だ。湧出量が比較的少ないので、源泉のすぐ近くにある地元向けの共同湯「白旗の湯」以外にこの湯を引けている宿は少ないという。

白旗源泉をポンプではなく自然流下で敷地内に引き込み、一晩湯小屋に寝かせることでゆっくり適温に冷ましてから各浴槽に注ぐ。つまりできる限り泉質を損なわないよう大切にゆっくり湯を移動させ、水を一切加えず適温まで冷ました混じり気のない白旗源泉そのものにつかることができるというわけ。さらに、常に湯温を最適な状態に維持し、湯の肌あたりをやさしくするために、湯もみや源泉投入量を調節する湯守を置いているという徹底ぶりがすごい。草津のかけがえのない財産である湯を守り次世代に伝える覚悟と、何よりも温泉を楽しむための宿である原点を忘れない矜持がここにある。

湯守のひとり菅野健一さんの肌は透明感があってつやつや。しかも笑顔が晴れ晴れとしている。ここの湯の効能のなによりの証拠を見る思いだ。

時間帯によって男女を入れ替える2つの大浴場や3つの貸切風呂にはこの源泉がかけ流しで注ぐ。淡く緑がかった乳白の湯をなみなみたたえた湯舟に体を沈め、ザバーンとあふれさせるのはぜいたくそのもの。ああ、日本に生まれてよかったと心底思いつつ、ふぅ〜と深く息を吐きながらへりに首筋を預けて天井に目をやる。ひたひた体を包む湯は同じ白旗源泉の「白旗の湯」より心持ちマイルドな感じ。これも熟練の湯守の経験のなせる業かもしれない。奈良屋の〝よいとこ〞その二、そして最大の〝よいとこ〞は、妥協しない湯へのこだわりだ。

(ノジュール2023年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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