人気の特集

嵐電1日フリーきっぷで

新春開運!途中下車の旅

文=尾添雄介(編集七味) 写真=田村和成

桜と紅葉の時期は観光どころではなく“人”に疲れる嵐電沿線も、冬は比較的空いていて狙い目。だからこそ落ち着いて楽しんでみたいのが、ご利益と縁起物を巡る寺社参拝だ。1日フリーきっぷで途中下車しながら、新春開運の旅へ。

壬生の氏神様へご挨拶し
蚕ノ社で神秘にふれる
午前8時前、「嵐電〈らんでん〉」の愛称でよばれる京福電鉄の四条大宮駅前は、通勤や通学の人たちが足早に行き交い、観光客の姿はほぼない。旅先では当地のお宮へご挨拶するのが私の流儀。まずは、壬生〈みぶ〉の氏神様として親しまれる元祇園梛〈なぎ〉神社へ歩いて向かう。

境内に入ると、2社の本殿が横に並んだ珍しい光景。向かって左側の梛神社は、平安時代に疫病流行を鎮めるため牛頭〈ごず〉天王を勧請し、後に現在の祇園社(八坂神社)へ遷座されたことから「元祇園社」の名が付いた。右側は、延喜式神名帳〈えんぎしきじんみょうちょう〉に名を残す由緒をもった隼〈はやぶさ〉神社だ。両本殿の間には梛神社の御神木、ナギの木。葉脈が縦に走り、切れにくく丈夫なことから、古来“縁が切れない”“ご縁を結ぶ”縁起のよい木とされている。両本殿の神様にご挨拶し、ナギの木にも手を合わせよき旅とのご縁を祈願した。

四条大宮駅へ戻って嵐電の1日フリーきっぷを購入し、嵐電で巡る京都旅のスタート。ホームも車内も、観光客は少ない。嵐山本線の5駅先の蚕ノ社〈かいこのやしろ〉駅で下車し、駅前の大鳥居から住宅街を進んで木嶋坐天照御魂神社へ。

鳥居から真っすぐ延びる石畳を踏み、奥へ進むほど清らかで神聖な空気が満ちている。正面の本殿から、東側の摂社、蚕ノ社〈かいこのやしろ〉とよばれる養蚕神社へ参拝。渡来人の秦氏が養蚕と織物の神を祀ったとされ、蚕は絹となり金を生み出すことから金運のご利益があるとか。さらに、本殿西側の神池に鎮座する三柱鳥居へ。神の降臨を迎える場という説もあるが、謎多きパワースポットらしい。柵で囲まれ近付けないものの、強い気が伝わってくる。神秘という言葉の意味を理解できた気がした。

住宅街の古墳に寄り道
京料理と古刹を堪能
再び嵐電に乗り、2駅先の帷子ノ辻〈かたびらのつじ〉駅で途中下車。ここで北野線に乗り換えるプランだったが、ぜひ行ってみたい場所があり事前に練り直していた。

松竹撮影所の外周を辿って歩く。角を曲がった先、住宅街の真ん中に巨大な岩山が出現。7世紀ごろの築造と伝わり、京都府下最大、全国でも有数の横穴式石室が威容を誇る蛇塚古墳だ。京都市文化財保護課に事前申請すれば内部の見学も可能で、もちろん申請済。通知された保存会会員宅を訪ねて解錠してもらい、石室内に入る。規模に圧倒されると同時に、京都の市街地にこれほどの古墳が現存することに、歴史ロマンを掻き立てられた。

さて、朝の出発が早かったせいか、腹の虫が騒ぎ始めてきた。予約している店を目指し、北野線に乗る。嵐山本線と比べ、空いていて快適。単線区間の行き違い停車など、ゆったりとした時間の流れも旅情満点だ。

妙心寺駅で降りて少し歩くと、お目当ての京料理萬長に到着。大本山妙心寺北総門前で80年の歴史を重ねる老舗名店だ。11時30分の開店時間に予約していたのでスムーズに入店し、料理を待つ。行列や混雑なしで過ごすこの時間が、何と穏やかで豊かなことか。待つことしばし、つれづれ弁当が運ばれてくる。兼好法師が御室双ヶ丘〈おむろならびがおか〉に庵を構えて記した『徒然草』にちなんで名付けたという、先代からの名物だ。ミニ会席風の御膳で、見て食べて季節感を堪能。店主夫妻の温かい人柄にも心和む、ぜいたくな昼餉〈ひるげ〉のひとときだった。

丁重な見送りを受け、すぐ前の北総門から大本山妙心寺境内へ。長い石畳の道には人影がなく、京都屈指の名刹を貸切り参拝するような感覚だ。本坊の受付を訪ね、法堂の拝観券を購入。嵐電1日フリーきっぷのクーポン券利用で、10%の割引が受けられる。

渡り廊下を歩いて法堂へ入堂し、ほかに誰もいない堂内で天井を見上げると睨みをきかせる龍の姿に圧倒された。2024年の干支、辰にちなんだ縁起物として、ぜひ拝んでおきたかった『雲龍図』だ。底冷えする空気の中で心静かに合掌し、ご霊験のあらたかさを感じた。

(ノジュール2023年12月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら